ガーデン・ロスト (メディアワークス文庫)
紅玉 いづき
アスキーメディアワークス
2010-01-25



筆者 紅玉いづき
装画 上条衿 
レーベル メディアワークス文庫
読了月 2014 / 07



あらすじ

失楽園ならぬ、失花園の物語です。(本書あとがきより)
気遣いを忘れないエカ、魅力的で男の人をころころ変えるマル、男の子のように髪の短いオズ、大人のような振る舞いをするけど弱いシバ。放送室に集う彼女たちは、それぞれの胸に秘める思いを抱え、そして失い、時に得る。





※以降ネタバレが入る可能性があります※


設定・物語
春夏秋冬を各々の季節を、一人の少女にスポットを当てて、そして彼女たちが自分たちのことを語るように進んでいきます。
エカ(春)→マル(夏)→オズ(秋)→シバ(冬)

エカと文通相手
マルと恋人
オズと隣のお兄ちゃん
シバと……そうだな……別れ

こういったものを通して、
見えないような、定まっていないような、かと思えばどうやっても変わることができないような、
形の取らない少女たちの中身を描写しているように思えました。

そうしてやがて迎える卒業と言う名の別れ。
失花園。ガーデン・ロスト。花を失うということ。
それがどういう意味なのか、ちょっと考え込んでしまいます。

お話は、全編基本的に閉塞感が強いです。
明らかな解決もないまま時は進んでいきます。
わかってくる自分のこと。わかりたくない自分のこと。
迫ってくる現実。とどまっていたいお花畑。
投げ出したいけど、自分のことだから安易に見ないふりをすることもできない。
この板挟み感。胃が痛くなりそう。
この不安定感からでしょうか。私の場合も高校生活で、三年生が一番物事が動いていたなぁと思いだしてしまいました。
さらに一人称だから、その感情も正体はよくわからぬまま胸が締め付けられるようなときもありました。
でも最終的には彼女たちの心の中では何かが少し昇華したんじゃないかなという風に感じます。

彼女たちの経験を広く一般化して取り出せば、どの人にもすべての面があるかもしれないなぁと思います。
読み手がどこまで一般化するかによって、どこまででも共感できそうな。
もしくは彼女たちを一人の人間としてとらえるならば、どうやっても理解できなさそうな。
どちらでもありそうな、グレーゾーンにぴしゃりと当てて書いてくるすごい作家さんだと思います。

今回のこの本、いろんな意味で、自分には新しい発見となり、つい思うまま感覚的に書いてしまいました。
考えもしないような考え方・表面化しないような部分とかいろいろ発見があったように思います。
ただ精神的にしんどいので、何度も読み返すことにはならないかもしれません。


キャラクター
・エカ
「私達はいつも、たくさんのことをわからないふりをしている」
お人好しで、人を好きでいたくて、どこまででも優しくなれる子。
彼女のやさしさは、時に毒に、時に救いになるような程。
エカはそのやさしさをもってして、文通相手の嘘にも付き合い、嘘に恋をしてまで見ないふりを突き通します。

人に好きと言ってもらえることでしか、自分で息をできないような、そんな必死さすらあるやさしさです。
嫌われたくないという、誰もが持ってる気持ちのベクトルの対象が広すぎてそしてその閾値が浅すぎるような、少し行き過ぎた面もありました。
人に嫌われること・否定されることを何より恐れて、嫌われる前に優しさを上げて、「嫌わないで」と縋りつくような。
だから彼女にとって依存すらも愛情に感じるんじゃないでしょうか?というか共依存的ともいえるのかな。

でも私は、たとえ恐れからくるとしても、そのやさしさを突き通すことができるということが、すんごいことだと感心しながら読みました。それがいいか悪いか・苦しいか苦しくないかというところは置いておいて。
私にとってただひたすら優しくすることって、ものすごい労力を使います。
それがめんどくさいとおもわないこと、途中で放り投げないこと(”最後”をどこまでと定義するかで変わってくるかもしれませんが)。それって誰しもできることではないように思います。


・マル
「あたしは恋を魔法の薬みたいにしてしまったんだ」
柔らかくて、小さくて、甘え上手の、とても男の人に人気のある女の子。
有名人やらの架空の男の子に「ダーリンだけ」といいながら、常に男の人と付き合ってる。
みんながそうであるように、彼女も愛情を求める女の子でした。
可愛がってもらう代わりに体を差し出す不健康な関係を続けるけれど、空虚さを抱えている。

可愛がってほしいと作中では言っているけど、なんとなく、彼女が一番ほしいのは「愛情を掃き出せるところ」なんじゃないかなと思いました。
自分も愛情を吐き出せて、相手の愛情も受け止めたいと思える相手を探していたんじゃないのかなと思いました。
見返りもなく、ただ好きと言い続けていい相手がマルの架空の「理想の王子様」だったのかなぁ。
例え相手が本当に好きで愛情を与えていても、マル自身に愛情を背負いたいという気持ちがなければ重荷になるだけだろうし。
受け取るだけでもあげるだけでも、なかなかうまくバランスとれないからね。
でも結局「理想の王子様」ではない高良を好きになりたいとおもったということは、ギブ&テイクにも似たバランスの天秤を背負いたいという気持ちになったということで。よかったです。安心しました。


・オズ
「ただ、私は、私ではない誰かになりたかった」
この人は、この四人の中で一番の自己完結型のようです。
隣に住むエイ兄に膝の黒さを笑われて、スカートをはかなくなって、そのまま”女らしさ”に抵抗を持ったままで大きくなったようです。
その小さなしこりが成長とともに大きくなって、自分をさらに縛り付けるんでしょう。
でも、それは、なんとなく、意図せずしてつけた仮面のようなものなのかなとおもいます。
一話でエカが”防衛の自虐”という言葉を使います。これはオズにもあてはまるんじゃないかな。

この四人の中で、オズは一番距離を置いている感じがします。無関心という意味ではなく。
それは「好き」ということがよくわからないように、仮面一枚通すことによって感覚が鈍くなっているからではないのかな。
たぶん最初は防衛のための仮面だったのでしょうが、柵のような役割を果たすようになってしまったのかもしれません。
何が彼女を動かしたのか、私にはよく読み取れませんでしたが、最後にオズは何かを覚悟し受け入れていたように思うので、なんだかよかったです。


・シバ
「こんなにもわたしは自分に対して諦めているのに、母親に対してあきらめていいとは言ってあげられない」
読んでいて一番苦しかった子です。
大学受験のストレスに、日々の悩みすべてを乗っけてしまったような子でした。
言ってしまえばシニカルなペシミストです。
一度はまるとなかなか抜け出せない負のスパイラル的なものでしょうか。
一度根が張ったら抜け出せない”信仰”、母への二律背反的な気持ち、幼馴染と親友の関係。
一つ一つが言葉にするのも、自覚するのも難しそうな問題で、いざ目の前に掲げられるとしんどいですね。

みんながみんな、自分の章で、シバを「正しすぎて痛い」と表現します。
それってどういうことだろう?とわかったようなわからないような気持ちがします。
言われた自分が痛いのか。言ったシバが痛いのか。

彼女の思考は少々偽悪的なところがあって、難しいです。
少しひねくれたト書き(?)は本心なのか、それとも本心を口に出すまでの間に知らずにゆがめる癖がついているのか。
考えれば考えるほどよくわからなくなります。
ちょっと思考が彼女に追いついていないのかもしれません。
共感する部分もあるのに、なにを考えているのか私には全く分からない。本当に不思議な人です。



恋愛

彼女たちはそれぞれ、今までの恋に決着をつけます。
そのほとんどが「いままでのは本当の恋じゃなかった」ということ。

それがほんとに恋じゃなかったのかどうかは、私にはわかりません。
もしかしたらあとで「やっぱり恋だったのかな」と思うかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
それ自体の正否が問題だったわけではなくて、今の彼女たちには自分たちでなにかしらの決着をつけることが大切だったのかなと思います。

もうひとつ、彼女たちは、目の前の辛いことを自分でごまかすために”恋”をする必要があったんじゃないかなと思います。
恋という瑞々しい言葉でくくってしまえば、なんとなく輝いて見えるんじゃないかという希望も持って。
そんな気がしています。